医療法人社団百子会 やまな病院

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理事長のアトリエ

第3回「小 紫」 2001
2.1

以前、とても感動を覚えたものに井久保伊登子著「そうめんばち」というエッセイ集があった。
至極平凡な、しかし少なくとも、一時は心を動かされた事を記録しておくことの大切さについて考えさせられたものである。

「山名さん、この人お嬢さん?、何番目?、何年生れ?、お母さんまだ働いておられるん?」。「うん」。「なら、私ももう少し働かんといかんなあ。そうそう、Hさんが今日は夫婦で来たよ。Yさんは子供で頭がいたいこと。○○さんは・・・」と、手は休まずに動かしながら、問うともなく話しかけて私との間にひとしきり話が弾む。

店へ行くとこんな会話がもう15年位おばさんとの間に続いていた。

そこは、卒業後は滅多に会う機会のない友達にお互いの消息を知らせてくれる、いわば中継所だったとでも言えようか。

若いときからソバ屋をやっているこの夫婦を私どものクラスが知ったのはもう45年近くも前、中華ソバが一杯40円位の頃だった。出前に行った帰り道、好きなパチンコをして遅くなり小さな夫婦喧嘩をしながらも、何番目の台が今良く出ているよ、と話していた主人と文字通り働き者のお嫁さんという似合いの二人であった。

仕事も繋盛して、それまでの裏通りから、猫の額ほどではあったが、小さな店を電車通りに出した。そして時が経ち、主人は高血圧と痛風を患って、時には体の不調をこぼしていた。一方、一生懸命仕事をしてきたおばさんは体の方々の痛みを訴えるのが楽しみなようでもあった。

そして、長い間お店を手伝っていたちょっと美人で、おしゃべりな親戚の人も五十肩で、いつの間にかいなくなってしまった。そのうち、自分達の老後の生活設計についての話も随分前から始まっていた。それによれば、もうとっくに店じまいしているはずであった。

大学を卒業して25年にもなる年月を経た頃も、当時と変わらぬ姿で続いていたその店は、多くの同級生に当時の自分を回想させたのであろうか。そういえば、今や立派な肩書きを持った同級生も、その店では「○○さん」なのであった。

一杯のラーメンが430円になった頃も、昔のままの味を頑固に守っていたこの「小紫」という小さなそば屋。次第に年をよせて行くこの夫婦の小さな店を私はどこのお店よりも大切にしていた。

その後、いつ訪れてものれんがしまってあり、やがて風の便りに夫婦とも亡くなったとのこと。

そして数年後、小さな建物はいつの間にか消え失せていた。

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