第10回「ゴールドベルク賛歌」 2002
11.30
この星をあやうく包む絹の大気の静けさのうちに
初めての水のひとしずくのように音が生まれる
日々のまどろみを破って太陽がのぼる
忘れられた生きものの化石を秘めた遠い地平から
で始まる谷川俊太郎氏の詩「ゴールドベルグ賛歌」。
これは大原美術館で定期的に開かれているギャラリーコンサートの、今回のプログラムへのものでした。
バッハになるこの曲はよく聴かれるものの一つですが、今は亡きカナダのピアニスト、グレン・グールドの極めて特徴的な演奏以来、一層身近な曲になったようです。30の変奏曲からなる長い曲で、全部で1時間半ほどかかります。チェンバロのための曲を弦楽三重奏に編曲した編曲者から、「この編曲がひとたび印刷されたものになったら、自分の解釈を押しつけることはできない。演奏家は自分の考えで演奏してほしい。演奏する各人がどう表現するかに興味がある」とのメッセージが残されています。
編曲者自身がチェロのミッシャ・マイスキーとヴィオラを加えて演奏したCD(現在廃盤)を聴いても、編曲者が意識したグレン・グールドの雰囲気とは別物で平凡、大した感銘も受けませんでした。所で、先般のプログラムはこの曲をカザルスホール・アンサンブル2002による弦楽三重奏で演奏されました。
当夜のプログラムが始まって間もなく、私は久振りの感動に包まれながら至福の時間を過ごせました。1時間半を一気に演奏して聴衆を別の世界へワープさせてくれるものでした。私を含めて聴衆は演奏が終わってから我に返る迄にとても長い時間が必要でした。
長い沈黙の時間が過ぎて、最初はぱらぱらと、やがて割れるような拍手が起こったのは終わって10秒以上も経った頃だったでしょうか。司会役の大原さんも言葉をつまらせていらっしゃいました。
後で、その興奮を分かち合う人がいた人々は幸せ者でしょう。3週間が過ぎた今も感動が残っているのは初めての様な気がします。音楽家は、言葉ではなく自分の演奏を通じて聴衆と会話しているのを実感したひとときでもありました。
追伸、先般、ある先輩にこの話をした所、「ああ、ハイジャックのTVニュースの BGMだったあれか」。大原美術館の展示内容がまた変わっていますよ。